フェラーリ 641/2 1990
フェラーリ 641/2 1990 ( Ferrari 641/2 1990 )
フェラーリのF1マシンの中で、未だに最も美しいマシンと評されることも多い、フェラーリ 641/2です。
このマシンは1990年のF1シーズンで活躍したマシン。
1990年のフェラーリは、初期型が641、その後継モデルが641/2と呼ばれています。
とは言っても、初期型の641が活躍したのは、2戦までのみ。
第3戦以降は、641/2でシーズンを戦うことになります。
ドライバーは、アイルトン・セナとの対決で古巣マクラーレンと泣き別れとなり、フェラーリに移籍したアラン・プロスト(優勝獲得回数51回、F1史上第2位。ワールドタイトル獲得回数、1985,1986,1989,1993の4回。)が、前年1989年のワールド・チャンピオンの栄誉を引っさげ、カーナンバー1で参戦。
相棒は、1989年からフェラーリドライバーのナイジェル・マンセルのコンビ。
641は前年1989年のモデル、640の正常進化型のモデル。
基本デザインは、640と同様に、当時のカリスマデザイナーだったジョン・バーナードによるものですが、1990年初頭にバーナードは、ベネトンに移籍した為、その後は、エンリケ・スカラブローニや、アラン・プロストと共にマクラーレンから移籍してきたスティーブ・ニコルズが開発を担当しました。
前年の640から搭載を始めたセミオートマチック・トランスミッションの信頼性をアップさせ、一度に複数のギアをシフトダウン出来るプログラムも開発。
641/2は、第3戦サンマリノGPからデビュー。641のマイナーチェンジモデルで、空力面の改良を中心としており、外観上の変化はあまりありません。
641/2は1990年の第3戦〜第16戦(最終戦)の14戦を戦い、プロスト4勝、マンセル1勝の5勝をマーク。
エンジンパワーでは、ライバルのマクラーレン・ホンダに及ぼないものの、優れたハンドリング性能、空力性能で高い戦闘力を誇りました。
チャンピオン争いも、アラン・プロストが宿敵のアイルトン・セナと激しい戦いを繰り広げ、第15戦日本GP、鈴鹿のスタート直後の1コーナーでセナとプロストが接触・クラッシュ。
この瞬間、1990年のタイトルはアイルトン・セナのものとなりました。
前年1989年のチャンピオン争いも、鈴鹿でのセナとプロストによる接触・クラッシュにより、プロストのものとなっており、正に因縁繰り返す形となった1990年シーズン。
フェラーリにとっては、1979年のジョディ・シェクターがドライバーズタイトルを獲得してから、ずっとワールドタイトル獲得から遠ざかっており、11年ぶりのタイトル獲得の大きなチャンスを逃した形となります。
なお、フェラールは、この後、ミハエル・シューマッハが2000年にタイトルを獲得するまで、ドライバーズタイトル獲得は、お預けとなります。
流線型の流れるように美しいサイドポーツンや、すらりと伸びたノーズなどが、実にエレガントな雰囲気を出していて、洗練された、美しいクルマに仕上がっています。
641/2は、ニューヨーク近代美術館 (MoMA) のコレクションとして常設展示されており、その芸術的価値も認められています。
フェラーリF1史上最も美しいマシンとして今も高い評価を得ています。
[出典]NAVER
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